エッセイストやイラストレーター、そして地域の果樹文化を切り開いた先駆者としても多くの人々に愛された玉村豊男さん。
2026年8月9日、長野県東御市の自宅で80歳の生涯を閉じられたニュースは、多くのファンに深い悲しみを与えました。
ライフスタイルの達人として常に注目を集めていた玉村さんですが、「奥さんはどんな人?」「お子さんはいらっしゃるの?」といったご家族に関する疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
今回は、玉村豊男さんのプロフィールとともに、長年寄り添った妻・抄恵子(さえこ)さんとの絆や、ご家族の気になる真相について詳しくご紹介します!
玉村豊男の出身地やプロフィールは?
玉村豊男さんは東京都杉並区の出身で、日本画家である玉村方久斗(ほくと)さんの末っ子(八男)として誕生しました。まずは、彼の輝かしい経歴とプロフィールから振り返ってみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 玉村 豊男(たまむら とよお) |
| 生年月日 | 1945年(昭和20年)10月8日(80歳没) |
| 出身地 | 東京都杉並区 |
| 学歴 | 東京都立西高等学校、東京大学文学部仏文学科卒業 |
| 経歴 | 在学中にパリ大学へ留学。 通訳・翻訳業を経て文筆家へ。 1983年に軽井沢、1991年に長野県東御市へ移住し、2003年に「ヴィラデスト ガーデンファーム 」を開設。 |
玉村さんといえば、東大在学中のパリ留学を経てエッセイストとなり、『パリ 旅の雑学ノート』や『料理の四面体』などのベストセラーで一躍有名になりましたよね。
洒脱で知性あふれる文章に魅了された方も多いはずです。
そんな玉村さんの人生の大きな転機となったのが、30代後半の多忙な時期に経験した病気でした。
この大きなピンチの際、抄恵子(さえこ)さんが「田舎に引っ越して野菜でも作りながらゆっくり暮らそうか」と提案。
抄恵子さんと軽井沢に行ったことが、のちの田舎暮らしや農業の原点となりました。
その後、1991年には夫婦で長野県東御市(旧・東部町)へ移住し、ハーブや西洋野菜を育てる「農園ヴィラデスト」をスタート。
葡萄畑を開墾し、多くの人に親しまれる場所へと育て上げていったストーリーは、まさに夫婦二人三脚の素晴らしい歩みですよね。
玉村豊男の奥さんのプロフィール!

写真は筆者が撮影したもので、ヴィラデストからの景色です。
玉村豊男さんを公私ともに支え続けた妻・抄恵子(さえこ)さんは、一体どんな方なのでしょうか?
多くの方が「奥さんのお顔が見てみたい!」と画像を探されているようですが、残念ながら公式メディアやWikipedia、インタビュー等に抄恵子さん単体の顔写真やビジュアルデータは公開されていません。
しかし、メディアの取材からその温かなお人柄や暮らしぶりが垣間見えます。
そしてこの記事から玉村豊男さんの奥様のお名前が抄恵子さん、年齢が現在は74歳であることが確認できました。
玉村豊男さんが、8年間暮らした軽井沢から東御市へ移り住んだのが1991年のこと。玉村さん46歳、奥さんの抄恵子さんが40歳でした。病気療養を機に自分たちの生き方を見つめ直し、「畑をやろう」と志したことがきっかけです。「終の住処だから、せっかくなら眺めのいいところがいいねと、1年半くらいかけて探しました。景色が気に入って、ここに決めたんです」
引用:NAGANO オフィシャルサイト
長年、ヴィラデストの広大なガーデンを維持し、素晴らしいハーブや西洋野菜をご主人の玉村豊男さんと育て上げてこられたのは、知恵と情熱があってこそでした。
また、近年のライフスタイルも非常にユニークで微笑ましいものでした。
2022年時点のインタビューによると、長野の自宅では玉村さんと抄恵子さん、そして抄恵子さんの実妹である圭子(けいこ)さんの「3人の老人(玉村さん談)」で仲良く同居生活を送られていたそうです。
50年間台所に立ち続けてきた玉村さんが、毎晩3人分の夕食を作るのが日課で、抄恵子さんと妹の圭子さんは「玉さんの料理が美味しすぎて全然体重が減らないの!」と嬉しそうに語っていたエピソードが印象的です。「毎日が最後の晩餐だね」と笑い合いながら美味しい料理を囲む暮らしは、まさに誰もが憧れる理想の晩年ですよね。

写真は筆者が撮影したものです。
玉村豊男と妻の間に子供はいる?
玉村豊男さんと妻・抄恵子さんの間に「お子さんはいるのかな?」と気になっている読者の方も多いですよね。
結論から申し上げますと、玉村さんに子供がいるという公式情報や客観的な事実は確認されていません。
これまで多数発行されてきた玉村さんの著書、各種インタビュー、Wikipedia、訃報の報道に至るまで、息子や娘といったお子さんに関する記述は一切存在しないのが現状です。
もちろん、プライベートを公表していなかった可能性も考えられますが、玉村さんご自身の生活実態やメディアで紹介される自宅での様子から推測しても、お子さんはいらっしゃらない可能性が極めて高いと考えられます。
前述の通り、長野県東御市の自宅で日常をともにし、食卓を囲んでいたのは一貫して「玉村さん」「妻の抄恵子さん」「妻の妹の圭子さん」の3人のみでした。
お孫さんや親族の行き来についての言及もなく、晩年は気心の知れた3人で支え合いながら、穏やかで満ち足りた時間を過ごされていました。
血縁としての子供がいなくとも、夫婦で手塩にかけて育てた「ヴィラデスト」の農園、そして温かな食卓こそが、彼らにとっての大きな宝物だったのではないでしょうか。

写真は筆者がヴィラデストで頂いたお料理で、お皿の絵は玉村豊男さんが描かれたものです。
まとめ|【画像】玉村豊男の妻は誰?子供はいない?
今回は、2026年8月に惜しまれつつ亡くなった玉村豊男さんのご家族や、妻・抄恵子さんとの暮らしについてご紹介しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 妻 | 抄恵子(さえこ)さん:玉村さんの病気をきっかけに田舎暮らしを提案し、長野県東御市での「ヴィラデスト」の開墾から農園の運営までを二人三脚で支え続けた人生のパートナー。 |
| 子供 | 公式情報に「子供」の記述はなし:あらゆる公式情報や取材記事において、お子さんがいるという事実は確認されていません。 |
| 晩年の暮らし | 「妻とその実妹」との3人暮らし:長野の里山の天辺にある自宅で、玉村さん・妻の抄恵子さん・妻の妹の圭子さんの3人で食卓を囲み、仲良く豊かな時間を過ごされていました。 |
都会の喧騒を離れ、自然とともに生きる「田舎暮らし」の魅力を日本中に広めた玉村豊男さん。
その輝かしい功績の陰には、常に寄り添い、ともに理想のライフスタイルを作り上げた妻・抄恵子さんの存在がありました。
カノア私は玉村豊男さんの本「田舎暮らしができる人できない人」に感銘を受けました。自分の将来を考えたとき、何度も手に取って読ませて頂き今でも大事にしています。
エッセイストや画家として素晴らしい作品や信州の豊かな恵み、そして素敵な生き方の美学を残してくれた玉村さん。



お食事のときにこのランチョンマットを見て気に入り、ショップで買い求めました。
次回行く時にはお皿を購入したいと思っています。
玉村豊男さんが残してくださった素晴らしい作品と生き方に、心から敬意と感謝をお伝えしたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。










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