『魅せられて』の印象的な白い衣装を広げて歌う姿は、昭和から令和に至るまで多くの人々の心に焼き付いていますよね!
「あの名曲がヒットしたとき、ジュディ・オングさんは何歳だったんだろう?」「現在はどうされているのかな?」と疑問に思って検索された方も多いのではないでしょうか。
実は、『魅せられて』が爆発的にヒットした1979年当時、ジュディ・オングさんは29歳でした。
そして1950年生まれのジュディさんは、2026年現在76歳を迎えられています。
70代となった今も、その美しさとパワフルな活動は健在です。
この記事では、ジュディ・オングさんのグローバルなプロフィールから、豪華な結婚式と気になる離婚の真相、『魅せられて』の衣装に隠された驚きの仕掛けまで、魅力をたっぷり深掘りしてお届けします!
ジュディ・オングのプロフィール!出身地や国籍は?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1950年1月24日(2026年現在 76歳) |
| 本名・帰化名 | 翁(おきな)ジュディ(帰化当時は「翁玉恵」) |
| 中国名 | 翁倩玉(オン・チエンユイ) |
| 出身地 | 台湾・台北 |
| 学歴 | 東京中華学校、ASIJ(アメリカンスクール・イン・ジャパン)、上智大学国際学部卒業 |
| 国籍 | 日本(1972年の日中国交正常化を機に帰化) |
※なお、来日された時期については公式サイト等で「3歳」、一部資料で「2歳」と紹介されることがありますが、幼少期から日本を拠点に生活されてきたことに変わりはありません。
語学力・グローバルなバックグラウンド
ジュディさんの最大の強みの一つが、圧倒的な語学力です。母語である台湾語に加え、日本語、英語、標準中国語(北京語)の4言語を完璧に使いこなすマルチリンガルなんです!
幼少期に訪日したジュディさんは、東京中華学校で中国語を学びつつ、家庭教師から英語を教わり「Judy」という英語名をもらいました。
家庭内では両親から「母語を忘れないように」と台湾語で会話をし、さらにアメリカンスクールや上智大学で高度な英語力を修得されたそうです。
まさにグローバルな環境で育まれた才能ですよね。
日本での代表曲
| 年 | 曲名 | 主な内容・実績 |
|---|---|---|
| 1966年 | 『星と恋したい』 | 日本での歌手デビュー曲 |
| 1979年 | 『エーゲ海のテーマ〜魅せられて』 | 200万枚を超える大ヒット。日本レコード大賞を受賞 |
| 1980年 | 『麗華の夢』 | 『魅せられて』に続くヒット曲。『NHK紅白歌合戦』でも歌唱 |
| 2018年 | 『ほほえみをありがとう』 | 6年ぶりにリリースされた心温まるシングル |
2000人を招いた豪華披露宴!結婚の馴れ初めと離婚の理由とは?
ジュディ・オングさんのプライベートで特に話題となったのが、1992年のご結婚と、その後の離婚でした。
相手は、8歳年上の画商・鈴木洋樹さん。
お二人の出会いのきっかけは、ジュディさんが長年情熱を注いでいる「版画(美術)」を通じてのものでした。
プロの木版画家としても活動するジュディさんと、美術のプロである鈴木さんは意気投合し、交際へと発展したそうです。
そして1992年、お二人は結婚。
その結婚式と披露宴はまさに規格外で、日本と台湾の2カ国でなんと計2000人ものゲストを招待する超豪勢なものでした!
連日メディアでも大きく報じられ、誰もが羨むロマンチックなゴールインとして祝福されました。
しかし、幸せな結婚生活は長くは続きませんでした。結婚から約6年後の1998年、お二人は離婚を決断することになります。
離婚の大きな理由となったのは、「すれ違いの多さ」と「お互いの仕事に対する姿勢の違い」だったと言われています。
日台をまたいで世界中で多忙を極めるトップスターのジュディさんと、海外との取引も多い画商の旦那様。
お互いに自分のキャリアを第一に大切にしていたからこそ、夫婦として一緒に過ごす時間を確保することが非常に難しくなってしまったようです。
決して嫌いになって別れたわけではなく、お互いの人生と仕事を尊重し合った上での前向きな決断(円満離婚)だったと言われており、自立した大人の女性らしい潔い決断には当時も多くの共感が集まりました。
ジュディオングの「魅せられて」は何歳の時?いつのヒット?
ジュディ・オングさんの大ヒット曲『魅せられて』がリリースされたのは、1979年(昭和54年)2月25日です。
異国情緒があふれる幻想的なメロディと美しい歌声は瞬く間に日本中を魅了し、チャート上位を独走。
累計売上は200万枚を超える大ヒットを記録しました。
29歳という人生の節目に「第21回日本レコード大賞」を受賞するなど、まさに20代最後を飾る輝かしい代表曲となりました。
『魅せられて』は元々、女性下着メーカー・ワコールの「フロントホックブラ」のCMソングとして制作された楽曲でした。
実はリリース直前、ジュディさんには人生最大の選択が迫られていました。
当時、全米で話題となったメガヒットドラマ『将軍 SHŌGUN』のヒロイン(マリコ役)に内定していたのです!
しかしハリウッド側の撮影スケジュールが大幅に遅延。
その間に日本でリリースした『魅せられて』が爆発的ヒットとなり、両立が不可能な状況に陥ってしまいました。
ハリウッドスターへの道か、日本の歌手活動か——。
悩むジュディさんに、お母様は「どちらか一つを選んだら、その選択は絶対に後悔してはダメよ」と背中を押したそうです。
ジュディさんは迷った末に『魅せられて』を選び、ハリウッド出演を辞退。
その結果、同年の「第21回日本レコード大賞」を受賞するという快挙を成し遂げました。
まさに人生をかけた大決断だったと言えますね。
【画像】ジュディオングの29歳の若い頃の衣装写真!
あの優雅な衣装は「スクリーンドレス」と呼ばれています。
ジュディさんの構想では、扇状に広げたドレスの袖と胴体全体に「エーゲ海の風景の映画(映像)を投影する」という斬新なコンセプトで制作されました。
しかし、1979年の大ヒット当時は技術的・スケジュール的に映像制作が間に合わず、本来の「スクリーンとして映像を映し出す」という機能はお蔵入りになってしまっていたのです。
では、いつ、その夢が叶ったのでしょうか?
実は大ヒットから30年後の2009年〜2010年に放送された『年越し雑学王』というテレビ番組で、現代の最新プロジェクション技術を使い、初めてドレスへ映像を投影することに成功しました!
30年の時を経て最新技術によって再現されたというのは、非常にドラマチックなエピソードですよね。
ちなみに、普段は袖先を中指に引っ掛けて広げていますが、NHK紅白歌合戦などの特大ステージでさらに大きく羽を広げる際は、服の中に仕込んだ「棒(支柱)」を握って腕を延長させていたそうです。
1979年当時、この衣装は空前の社会現象となり、「家にある白いシーツを羽織ってジュディ・オングのマネをする子どもや大人が続出」した結果、全国で白いシーツが飛ぶように売れたという面白い伝説も残っています。
カノア私も子供の頃、家の白いレースのカーテンを持って真似して歌っていました。懐かしいです!
まとめ|【画像】ジュディオングの魅せられては何歳の時?29歳の若い頃の衣装写真も!
最後に、読者の皆さんが気になっていた疑問をシンプルにまとめておきます!
『魅せられて』大ヒット時の年齢:29歳(1979年リリース)
現在の年齢:76歳(1950年生まれ / 2026年現在)
スクリーンドレスの真実:本来は映像を映す衣装で、30年後にテレビ番組で初成功!
人生の選択:ハリウッド作品『将軍』を辞退して『魅せられて』を選びレコ大を受賞
2026年現在、76歳になられたジュディ・オングさんですが、その勢いは全く衰えていません。
2021年に開設した公式YouTubeチャンネルでは、いつまでも若々しい美容法やお祖母様直伝の薬膳レシピなどを元気に発信中!
さらに25歳から始めた木版画では「日展入選14回」、2005年には「日展特選」を受賞するなどプロの版画家としても大活躍されています。
授与式でジュディさんは、「多忙な芸能生活のかたわら、睡眠時間を削りながら版画制作に打ち込んできたことが評価されてたいへん嬉しい。私にとって版画は生命の一部」と感動的なコメントを寄せられています。
また、2022年にも日本政府より「外務大臣表彰」および「文化庁長官表彰」をダブル受賞されるなど、芸能活動にとどまらない多角的な活躍を続けていらっしゃいます。
29歳で『魅せられて』を大ヒットさせ、76歳になった今も一人の芸術家として真摯に挑戦を続けるジュディ・オングさん。
その気品あふれる生き方は、時代を超えて私たちに勇気と元気を届けてくれますね!










コメント